フランスで認知症患者が暮らす
「ランド・アルツハイマー村」

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ランド・アルツハイマー村HPより

フランス南部スペイン国境に近いダクスは温泉地として知られる地域。その近郊に、2020年6月、広さ5ヘクタールの「ランド・アルツハイマー村(Village Landais Alzheimer)」がオープンしました。

緑豊かな静寂な村ですが、ボルドーから電車で約1時間、パリからは3時間半のアクセスの良い場所です。

名前からもわかるように、アルツハイマー病患者が暮らす村です。同国初となるこのプロジェクトは、以前ご紹介したオランダ・アムステルダムにある認知症介護施設「ホグウェイ」を参考にしています。

認知症患者は世界で5500万人以上

WHO(世界保健機関)によると、世界で認知症をもつ人は5500万人以上、毎年1000万人が新たに診断を受けていて、このペースだと2050年までに3倍になるといいます。

アルツハイマー病は認知症の最も一般的な病型で、症例の7割を占めます。いまだに治療法がなく、記憶が徐々に失われ、無気力や無表情に陥ったり、不安や焦燥感に襲われたりすることもあります。

フランスのアルツハイマー協会の統計では、同国のアルツハイマー病と関連の認知症患者は100万人を超え、毎年20万人以上増えているそうです(ちなみに、日本の認知症患者は約600万人。65歳以上の6人に1人にあたります)。フランスで同村への入居待ちリストにはすでに200世帯が登録されています。

アルツハイマー村建設のきっかけは?

村が建設されることになったのは、どんな経緯だったのでしょうか?

当時ランド県の県議会議長だったアンリ・エマニュエリ氏が「ル・モンド」紙でホグウェイの記事を読んだことがきっかけでした。2014年にオランダに視察団を送ったところ、それまで見てきたアルツハイマー患者の印象と全く異なる穏やかな雰囲気に衝撃を受けたそうです。

保健省から財政支援を取り付けて、2018年に建設が始まりました。デンマークの建築グループが手掛けています。県や市、共済組合などが集まって公益団体をつくり、この団体が運営しています。

建設費は2900万ユーロ(約37億円)で、通常の高齢者施設の約1.5倍。ただし、家族側が支払うのは約2000ユーロ(約26万円)で、通常の施設とほぼ同額です。社会保障費で補填されているからです。

入居者1人に介護スタッフとボランティアが付き添う

ランド・アルツハイマー村HPより

村には現在120人が生活しています。入居の条件は認知症と診断され、かつ寝たきりでないこと。平均年齢79歳ですが、60歳未満の認知症患者向けの枠があって、住民の10人がそれに当たります。

村は4つの区域に分かれ、1軒のホームに8人前後がそれぞれ個室で暮らしています。入居者1人に介護スタッフとボランティアが付いて、日常生活をサポート。

ランド・アルツハイマー村HPより

照明は明るく、障害物のない動線で、部屋の中心にトイレがあるのが特徴です。夜間も2人の管理人が見守ります。スタッフは皆白衣でなく日常の服装でいる点も、ホグウェイと同じです。

不安やうつ症状が出ても、対処してくれる人がいつもそばにいるので、早めに落ち着きを取り戻せます。

ランド・アルツハイマー村HPより

理性的に考えることが困難になった人たちは、発散すべきエネルギーを抱え込みがちです。閉ざされた施設ですと、物を壊したり自分の殻に閉じこもったりしてしまいますが、ここでは外に出て活動するように促されます。

実際スタッフが散歩に連れ出して興奮がおさまるケースが少なくないそうです。その結果、抗うつ剤の処方量を減らすことができました。

今までのライフスタイルを変えない生活

ランド・アルツハイマー村HPより

入居者にはできる限り今までのライフスタイルを維持できるようにするのが、この村の基本的な方針です。ですから、入居者は敷地内であれば自由に行動できます。

中心にある広場は、この地方独特の中世城塞都市を思わせる造りです。その周囲にスポーツ施設のほか、美容室や図書館、劇場、映画館、カフェやレストランもあります。

ランド・アルツハイマー村HPより

小さなスーパーがあり、スタッフに付き添われた入居者は買い物リストを持って商品を選びます。金銭のやりとりは行われませんが、入手した食材は食事のメニューに加えられます。

ランド・アルツハイマー村HPより

敷地内を縦横に走る小道は、散歩にうってつけ。公園にはブランコがあって、とても人気があります。小道を進むと小さな農園にたどり着き、ニワトリやロバが飼われています。この地方になじみのある人には懐かしいランド地方の屋敷が残されており、日陰にはガーデンチェアがあって休憩できます。

ランド・アルツハイマー村HPより

リスク回避のための工夫

入居者の自由と尊厳を優先させている分、リスクはつきものです。事故を防ぐために、あらゆる事態が想定されています。

ランド・アルツハイマー村HPより

入居者の靴底にはICチップが埋め込まれ、敷地内から出るとアラームが作動する仕組みです。深夜に起きるとビームライトが反応、また、ガラス張りの開口部があちこちに作られ、死角がないように工夫されています。

ランド・アルツハイマー村HPより

コロナ禍の現在は、外部との接触が制限されていますが、いずれ近隣の住民を村のコンサートや祭りに招いたり、美容院などの施設も一部一般開放したりすることも考えているそうです。これは、近隣の住民にも認知症の人たちの行動を理解してもらうための取り組みでもあります。

ランド・アルツハイマー村HPより

まとめ

「ランド・アルツハイマー村」と同様の村の建設は、イタリア・ローマ近郊やオーストラリア、ノルウェーでも行われていて、カナダやイギリスでも計画が進行中といいます。ノルウェーでは、街全体の計画となり、入居者が敷地から外に出て道に迷っても地域の住民が手助けできる環境を整えています。

ランド・アルツハイマー村HPより

「ランド・アルツハイマー村」が目指すのも、入居者が大切な人との親密な関係を保ちながら、社会と切り離されることのない生活を送ること。同村のウェブサイトには、「このプロジェクトで、アルツハイマー病への社会の認識も変えていきたい」と、意欲的な宣言文が掲げられています。

フランスの国立保健医学研究所は、5年計画で、同村の入居者の認知機能をはじめ、家族やスタッフ、周辺住民の認知症への意識についても追跡調査しています。

誰もが直面する可能性のある問題の解決に向けて、アルツハイマー村の建設は、選択肢の一つになりそうです。

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