
オランダの首都アムステルダムから車で20分ほどの田園地帯に、先進的な介護施設として知られる「ホグウェイ」があります。
運営するのは、オランダの企業、ヴィヴィウム・ケアグループ。これまで「ニューヨーク・タイムズ」や「ガーディアン」など、数々の海外有力メディアに「認知症の村」として取り上げられてきました。
そう、「ホグウェイ」への入居条件は、24時間ケアを必要とする認知症であることなのです。一体どんな「村」なのでしょうか?
スーパーからレストランまで
入口をくぐって村の中心に向かうと、噴水のある広場が設けられています。緑が豊かで、ベンチに座ると、ゆったりした時間が流れていくのがわかります。
広場から延びる通りには、スーパーマーケット、美容院、映画館、スポーツジム、パブ、カフェ・レストランなどが軒をつらねていて、一つの「村」のような光景が広がります。
住居地区には23戸の家が並び、約150人のお年寄りが6~7人ごとに一つの家で暮らしています。それぞれの家には、ベッドのある個室のほか、温かみのあるインテリアで整えられた共用のリビングルームやキッチンなどがあります。
約1.5ヘクタールの広い敷地は高い塀に囲まれており、入り口はオートロックで施錠され、監視カメラで管理されています。こうした厳重な見守りがあるからこそ、敷地内であれば認知症患者がどんなに自由に行動しても安全なのです。

スタッフ全員が認知症に対応
スタッフは、精神科医、ソーシャルワーカーを含めて約270人、ボランティアが約140人。全員が認知症に対応するトレーニングを受けています。スタッフはナース服や介護服ではなく、日常の服装をして、住民の1人として入居者に接しています。
日中は1戸に1人のケアワーカーが配置され、随時ボランティアスタッフがお手伝いに入っています。
実は、スーパーやレストランなどで働くスタッフも全員が介護士。日常の様々な場面で起こりうるトラブルに備えています。
買物は事前に渡されているカードで決算します。利用額の上限が決まっているので、買い過ぎて混乱するのを防げます。たとえレジで会計を忘れて外に出たとしても、スタッフが登録されているナンバーで記録し、まとめて精算できるシステムになっています。
みんな顔見知りなので、誰からも責められることはありません。
認知症患者が暴言をはいたり暴力をふるったりする問題行動を起こすのは、「どう振る舞えばいいのかわからない」「難しくて理解できない」など、不安が積み重なった場合です。
ここでは、スタッフがさりげなく寄り添ってサポートするので、失敗経験にならずに済むのです。
夜間は管理センターに必ず看護師が待機して、センサーやナースコールに対応しています。
「ホグウェイ」ができるまで
「ホグウェイ」も、かつてはごく普通の介護施設でした。しかし、そこで働いていた介護士のイヴォンヌ・ファン・アーメロンヘンさんが、「たとえ認知症になっても、病院のような施設に閉じ込めるのではなく、それまでと同じような日常が送れる場所で過ごせないか」と考え、1990年代初めから、同僚の介護士たちと調査研究を重ねてきました。
アーメロンヘンさん自身、アルツハイマー病を発症した両親を看取っています。
その時に適切なケアができなかったという後悔が、新しい「ホグウェイ」の構想へと向かわせたと言います。
2000年代になり、オランダでは、国家戦略としての認知症ケアが本格的に始動し、地域ごとの「認知症統合ケアプログラム」などが作成されました。
そして2009年、アーメロンヘンさんたちも、在宅介護が困難とされる認知症高齢者の理想の住まいを完成させることができました。
認知症になってもこれまでのライフスタイルを維持
「ホグウェイ」でユニークなのは、入居の際、それまでのライフスタイルに合わせて、グループ分けしている点です。
●都会暮らしが好きな人のための「アーバン棟」
●家事が好きな人向きの「アットホーム棟」
●常に音楽が流れて芸術を楽しみたい人のための「アート棟」
●オランダの文化・伝統を大切にして暮らす人の「トラディショナル棟」
●キリスト教の信仰心が厚い人のための「クリスチャン棟」
●ハイクラスな生活を送っていた人向きの「セレブ棟」
●旧オランダ領インドネシアで生活していた人やインドネシア系の人のための「インドネシア棟」
――ライフスタイルごとに部屋のデザインやインテリアも異なる7タイプが用意されているのです。

居住者は入居前に、ライフスタイルに関する150項目の質問に回答し、その答えに基づいて適した入居先が決まります。
こうした仕組みを取り入れたのは、認知症が進行した人は、これまでと同じ生活を繰り返すことで何より安心を覚え、自分らしい暮らしをストレスなく続けることができるからなのです。
利用料金は医療保険で
1カ月の利用料金は、食費や光熱費込みで5800ユーロ(日本円で約75万円)。
決して安くない金額ですが、そのほとんどは、オランダの充実した医療保険制度によってまかなわれています。
「ホグウェイ」方式には、「閉ざされた空間の限られた自由」というやや批判的な見方があります。
でも、認知症のお年寄りが穏やかな暮らしを送るには、ある程度区別された環境をつくることが必要なのかもしれません。
設立10年が経過した「ホグウェイ」がリサーチしたところによれば、設立当初に比べて、平均入居年数が2.5年から3.5年に延び、問題行動が減ったことで、薬の服用が15%減ったというデータもあります。
一定の成果が出ているとみてよいでしょう。
まとめ
高齢化が進み、日本でも認知症患者が増えています。2020年に高齢者の6人に1人程度だった認知症患者が、2060年には高齢者の3人に1人になると予測されています(内閣府「高齢社会白書」)。

日本の介護施設は、一般的に介護の重症度でフロアを分けるなど、まだスタッフ側からの発想で作られているところが少なくありません。
ただ、認知症に対応したグループホームでは、スタッフと一緒に近所を散歩したり、買い物したり、また、祭りなどのイベントで地域の人たちと交流したり……。入居者がアットホームな環境で、いきいきと暮らしていけるように様々な取り組みがなされるようになりました。
ライフスタイルが多様化した今、日本の施設でも、入居者一人ひとりの文化的背景や好みに合わせた環境づくりがより重要になってくるのかもしれません。
その意味で、「ホグウェイ」の試みはヒントになるといえそうです。
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