アメリカのリタイアメント・コミュニティ
「サンシティ」

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「リタイアメント・コミュニティ」という言葉を聞いたことはありますか?

退職した人の中で元気で活動的な高齢者(アクティブ・アダルト)が集まって住めるように計画された街を指します。アメリカで20世紀後半に活発に開発されて、いまや全米で200以上のリタイアメント・コミュニティがあるといわれています。さて、どんなところなのでしょう?

高齢者が主体の街

リタイアメント・コミュニティの先駆けは、1960年に分譲がスタートしたアメリカ南西部アリゾナ州フェニックス近郊の「サンシティ」です。そのネーミングには、「高齢者が主体になって住む街」という思いが込められているそうです。

総面積約40平方キロメートルに約2万5000戸が建っている一大コミュニティで、居住者数は3万5000人を超えています。夏の暑い時期は他の地域に移って暮らす「スノーバード」を含めれば、4万人を超えます。

入居の条件は、世帯構成員のうち少なくとも1人が55歳以上であること。19歳以下の子供は居住できず、年間90日以内の滞在のみが認められています。ですから、通年居住者の平均年齢は73歳ほどになります。

100以上の趣味のサークル

「サンシティ」は、アメリカの不動産会社デル・ウェブ社によって開発されました。今では、アリゾナ州のほか、カリフォルニア州やサウスカロライナ州などに20近くの「サンシティ」が建設されています。

どの地域でも、徒歩や自転車で出かけられる範囲内に、基本的な生活インフラが整備されています。ショッピングセンターや郵便局、病院、銀行などの金融機関をはじめ、ゴルフ場やテニスコート、プール、温泉などレクリエーション施設、コミュニティセンターや図書館、劇場などがあります。

ユニークなのは、ゴルフカートが居住者の足として活躍していることです。運転免許が必要なく、小回りがきくので、とても重宝されています。時速20キロ程度のゴルフカートですが、自動車ともうまく共存し、専用の駐車場まで作られています。

街には、ラジオ局や新聞社もあり、図書館では、アリゾナ大学と提携して多数の講座が開催されています。美術や手芸、木工など、100以上の趣味のサークルがあって、活動のための部屋も完備しています。

街の中心にはビジターズセンターがあり、来訪者や新規の転入者に情報を提供し、サポートを行っています。転入者にはサークルやアクティビティを紹介し、共通項のある居住者と引き合わせるなど、コミュニティに仲間入りするためのサポートもしてくれます。

管理・運営は居住者の自治組織で

「サンシティアリゾナ」のHPより

居住者に年齢制限を設けることができるのは、「サンシティ」が非行政コミュニティだからです。したがって、市の消費税は徴収されませんが、一般に市のレベルで提供される行政サービスを受けることができません。

「サンシティ」では自警団が結成されて、フル装備のパトカーでの巡回パトロールや緊急時の交通整理などが、200人近いボランティアによって実践されています。

自警団だけでなく、ゴルフ場やコミュニティセンターなどの管理・運営も、居住者の自治組織で行われているのが特徴でもあります。コミュニティの理事会はボランティアによって成り立っていますが、現場で施設などの管理・運営業務にあたるのは、自治組織によって雇用された有給のスタッフで、その数は数百人に上ります。

ここでは、居住者内で雇用が生まれているのです。管理・運営にかかる費用は、全居住者から分担金を徴収してまかなっています。

変化する「サンシティ」

こんなに整備された街に暮らすのは、さぞかし裕福な層だと思われるかもしれませんが、それは違います。民間の会社員や公務員、教師などが多数を占めます。

400坪の土地に40坪の家を建てて、20万ドル前後(日本円で約2200万円)。この他に、全施設を利用できるカードの購入に1人当たり年間248ドル(約27000円)がかかります。

「サンシティアリゾナ」のHP

「サンシティ」はアクティブ・アダルトが対象ですから、亡くなるまでここで暮らすという人ばかりではありません。家を売却して街を離れる人も少なくないのです。居住者がボランティアとして積極的に街とかかわるのは、売却時の資産価値を下げないためでもあります。

とはいえ、居住者の中に、アクティブに動けなくなっても、慣れ親しんだこの場所でずっと住み続けたいという要望が少しずつ増えています。

このところ「サンシティ」の周辺に、介護付きのシニア・アパートメントや老人ホームがつくられるようになりました。認知症ケアやリハビリテーションに特化した医療施設なども建てられ、健康を損なっても高齢者が引き続き安心して過ごせるように変化しています。

まとめ

日本では、バブル経済真っただ中の1980年代半ば、「シルバーコロンビア計画」といって、高所得者層に退職後、海外移住を勧める計画が国から提唱されたことがあります。バブル崩壊で、計画はあえなく頓挫しました。その後、移住先を国内に戻し、多くの地方自治体が高齢者の田舎暮らしに力を入れました。こうして、自然発生的に日本の中にもリタイアメント・コミュニティが生まれた地域もありました。

近年は、地域おこしを後押ししたいなど、どちらかといえば若年層の地方移住ブームが起こっており、その流れはテレワークが進んだことでさらに強まりそうです。

一方で、アメリカの「サンシティ」のコンセプトによく似たリタイアメント・コミュニティが国内に登場しています。千葉県の「スマートコミュニティ稲毛」がその例です。

「健康寿命を延ばすシニア向け分譲マンション」がキャッチフレーズで、1000人以上が過ごせるコミュニティ施設が売りものです。施設内には、レストランやテニスコート、ゴルフ練習場などがあり、入居者がつながるように、様々なサークル活動やアクティビティが用意されています。通常の分譲マンションと同じく、子供に相続させることもできるし、売却も可能です。

「サンシティ」とは管理・運営の仕方などで違いはありますが、似た価値観やライフスタイルをもつ高齢者が集まって過ごす施設が、日本でも一つの選択肢になっていることには注目したいですね。

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