
「定年後はゆっくり過ごしたいけれど、年金だけで生活できるか心配」
「親の介護費用を見て、自分も働き続けなければならないのではと不安になる」
その一方、フランスでは近年、シニア層の労働参加率が劇的に向上しています。2024年の統計では、高年齢者の労働力率が50年ぶりの高水準に達し、定年後も働き続ける「積極的老後」が注目を集めています。
なぜフランスでこのような変化が起きているのでしょうか。背景にある社会システムと、日本が参考にできる視点を紹介します。
フランスのシニア雇用:数字で見る劇的変化

フランスのシニア層(55歳以上)の就業率は近年急上昇しており、2024年には50年ぶりに56.9%の高水準を記録しました。過去20年間で24.2ポイントの上昇という驚異的な伸び率で、20年前まで「早期退職文化」が根強く存在していた中で生まれた変化であり、特に注目されています。
興味深いのは、単に経済的に必要だからだけではなく、制度設計によって実現されていることです。フランスは長らく「余暇を重視し、就労意欲があまり高くない」とされる国民性で知られていましたが、近年の政策転換により状況が一変しています。
2023年3月、マクロン政権は年金受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げました。その結果、法的に働ける期間が延長され、結果的にシニア雇用の増加につながっています。働き続けやすい環境を整備している点が評価されています。
CPF制度:生涯学習を支える「職業訓練個人口座」

CPF(職業訓練個人口座)制度は、フランスの「積極的老後」を支える上で、基本となる仕組みです。すべての労働者が職業訓練を受ける権利と財源を確保できるサービスとなっています。
CPFの特徴は、年間24時間の訓練時間が蓄積され(上限150時間)、転職しても蓄積時間は引き継がれ、本人の意思で自由に使用できることです。退職後も利用可能であり、一度引退した者も就労を再開した場合、口座が復活し、閉鎖時の時間が自動的に充填されます。
実際に、製造業で長年働いた人がCPFを使ってIT関連の資格を取得し、コンサルタントとして第二のキャリアを開始するケースや、管理職経験者が介護関連の資格を取得して福祉分野に転身する例が報告されています。60代で新しい分野にチャレンジする人々が増加中です。
企業の積極的取り組み

フランス企業も、シニア雇用促進のため独自の取り組みを展開しています。
ネスレ・フランスは、給与レベルの低い業種に異動しても、これまでの報酬が100%維持できるプログラムを提案しています。
ミシュランでは、シニア層の体力に合わせて職場環境を調整し、物理的な負荷を軽減して職業生活をできるだけ長く続けられる環境を作っています。
SNCF(フランス国鉄)では、他部署への異動を容易にするアップスキル・プログラムに力を入れ、労働負荷を希望と能力に合わせた調整を図ってきました。
政府も「世代間契約」という支援制度を提供し、多世代間での知識伝承を推奨しています。
年金制度との連携

フランスでは、一定の条件下で就労しながら公的年金を受給することが認められています。特に、勤労収入と年金の合計額が最低賃金(SMIC)の1.6倍になるまでは就労が可能という制度が魅力的です。低所得だった人でも年金受給後の就労が促進される効果があります。ただし、現在のところ就労しながら年金を受給する人は全体の約3%にとどまっており、制度の周知と活用促進が課題となっています。
日本への示唆:学べるポイント

フランスの事例から、日本が学べるポイントは多数あります。
具体的には、個人単位の職業訓練権利(日本の企業主導の研修とは異なり、個人が主体的に職業訓練を選択できる仕組み)、ポータビリティの確保(転職や退職・復職を経ても訓練機会が継続される仕組み)、企業の創意工夫(単なる雇用延長ではなく、シニアの特性を活かした働き方の提案)、多世代協働の推進などが重要な視点です。
ただし、フランスの制度にも課題はあります。73%の企業が「シニア雇用問題に関して具体的な方針を打ち出していない」と回答しており、企業はリスクを回避し、経験よりも若さを重視する雇用を優先する傾向が高く、さらなる制度の見直しが必要です。
日本でできること

フランスの事例を参考にすることで、日本でも個人レベルですが「積極的老後」の準備が可能です。継続的なスキルアップ(現在の仕事に関連する資格取得や新しい分野に挑戦する)、ネットワークの構築(異業種・異世代との交流を通じ人脈形成を図る)、そして健康管理の徹底、柔軟な働き方を検討していくアプローチなどが挙がられます。
日本でも、リカレント教育の推進や70歳就業法の施行など、フランスに近い方向性の政策が始まっています。こうした制度を個人がどう活用するかによって、充実したシニアライフの実現が左右されるでしょう。
まとめ

フランスの「積極的老後」は、一見年金制度改革の結果に見られるかもしれませんが、実際にはCPF制度による生涯学習を保障したり、企業の創意工夫に富んだ取り組みを推進したり、個人の主体的な選択を支える仕組みが組み合わさったりすることで、総合的に実現されています。
「働かされる老後」ではなく「働き続けたい老後」を実現するための環境整備であることに注目してみましょう。高齢化が進む日本にとって、シニア層が自分の経験と知識を活かしながら新しい挑戦もできる社会システムは、参考になります。
【参考サイト】
労働政策研究・研修機構「高年齢者の労働力率が50年ぶりの高水準に(フランス)」
リクルートワークス研究所「シニア層雇用促進、フランス企業の取り組み」
労働政策研究・研修機構「職業訓練個人口座制度(CPF)の施行」
労働政策研究・研修機構「フランスにおける継続的職業訓練制度」
東京新聞「フランスで年金改革反対デモが激化」