「人生会議」のすすめ:スイスの「尊厳死」制度が問いかけるもの

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「親の延命治療について医師から説明を受けたとき、どう答えればよいかわからなかった」 「自分が同じ立場になったら、家族にどんな負担をかけてしまうのだろう」

介護や入院について考えると、多くの人がこうした思いに直面します。一方、海の向こうのスイスでは、年間1,500人を超える人々が自らの意思で人生の最期を選択しています。この現実は、私たちに「人生の最期をどう迎えるか」という重要な問題を投げかけています。

今回は、スイスの事例を通じて見えてくる課題と、日本で注目される「人生会議」について考えてみましょう。

スイスの現実:年間1,500人が選ぶ「最期の決断」

スイス連邦統計局によると、同国では2023年に1,729人が「自殺幇助」により亡くなりました。全死者数の約3.3%に相当し、65歳以上が圧倒的多数を占めています。

スイスの制度は、本人が致死薬を自ら服用する「自殺幇助」が法的に容認されていることが特徴です。費用は渡航費込みで約200万円程度とされ、2020年には日本人も1人含む167人の外国人が利用しました。

なぜこのような制度が定着しているのでしょうか。背景には、個人の自己決定権を重視する文化と、充実した社会保障制度があります。同時に、複数の医師による診断や待機期間の設定など、厳格な手続きで濫用を防いでいます。

しかし近年は、「死ぬ権利」を強く主張し医療者に圧力をかけるような風潮への懸念も生まれており、スイス医師会も2022年に規制強化のガイドラインを発表しました。

日本の現状:進まない終末期医療の議論

日本では尊厳死さえ法制化されていません。人生の最終段階の医療に関してリビング・ウィル(書面による意思表示)の必要性を感じている人は約7割いますが、実際に作成している人はわずか3%に過ぎません。

こうした背景には、終末期医療について自己主張をあまりせず、本人と家族が一体となって意思決定をする日本ならではの文化があります。また、「死」について話し合うことがタブー視されがちな社会である点も影響しています。

法制化が進まない結果、医療現場では延命治療の中止について医師が刑事責任を問われるリスクへの不安から、患者・家族の意向があっても積極的な対応を避ける「萎縮効果」が生じています。

介護費用の現実と家族の負担

スイスの事例を考える上で忘れてはならないのが、日本の介護を取り巻く厳しい経済状況です。個人が負担する介護費用の金額は深刻で、介護に要する費用は住宅改修など一時的な費用が平均47.2万円、月々の費用が平均9.0万円、介護期間は平均4年7カ月なので、総額約542万円がかかります。

さらに2025年には高齢者人口の20%に当たる5人に1人が認知症になると推計されており、介護保険料も所得に応じて基準額の最大2.6倍まで引き上げる案が検討されています。こうした状況下で、「家族に迷惑をかけたくない」という思いから、延命治療を拒否したいと考える高齢者が増えているのも事実です。

「人生会議」という新しいアプローチ

こうした課題を受けて、日本では「人生会議」という取り組みが注目されています。正式には「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」と呼ばれ、将来の医療やケアについて、患者を主体に家族や医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行うプロセスです。

厚生労働省は「人生会議」という親しみやすい愛称をつけて普及を進めています。

人生会議は一度だけの話し合いではなく、繰り返し機会を設けて取り組むべきプロセスです。まず自分の価値観を明確にし、家族との対話を通じて希望を共有します。その上で医療・介護関係者と連携し、体調や状況の変化に応じて定期的な見直しを重ねることがポイントです。

今すぐできる第一歩

人生会議の取り組みの一つに、自分の意志を文書にまとめる「リビングウイル」の作成があります。延命治療への希望、痛みの緩和について、代理で判断してもらいたい人の指定などを書いておきます。法的効力はありませんが、本人の意思を実現するための重要な手がかりです。

いきなり「終末期医療」について話すのは難しい場合は、日常的な健康の話から始めてみましょう。「最近、〇〇さんが入院されたそうだけど」といった身近な話題から、自然に将来への備えについて話し合う機会を持つことができます。

まとめ

スイスの尊厳死制度は、個人の選択を最大限尊重する社会のあり方を示しています。一方で、制度の普及に伴う課題も見えてきており、「死への権利」が一人歩きする危険性も指摘されています。

日本では法制化は進んでいませんが、「人生会議」という形で、一人ひとりが自分らしい最期について考え、準備する取り組みが始まっています。スイスのように社会制度を整備するやり方とは異なる、日本らしいアプローチと言えるでしょう。

まずは身近な人との小さな会話から、「人生会議」の第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

<参考サイト・情報源>
SWI swissinfo.ch「年間1500人超が選択 スイスの安楽死」
mymo [マイモ]「300万円あれば安楽死が選択できるスイス、その価値は高い_それとも安い?」
SWI swissinfo.ch「家族に知らされなかった安楽死」
厚生労働省「平成24年度人生の最終段階における医療に関する意識調査結果」
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内閣府「平成29年版高齢社会白書(全体版):3 高齢者の健康・福祉」
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